お受験の悩み相談・塾への不安,不満は縁故のない方の小学校受験専門塾〔吉祥寺 英心@幼児教室〕で解決!

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言葉だけでは躾はできない
  • 父の日の工作で、子どもたちの手に墨を塗って
  • 手押しをさせたことがあります。
  • 「手に墨がついているから、手を洗いましょう。」
  • ハンディーソープを手にワンプシュ。
  • 次にどうするか見ていると、
  • 半数の子どもは蛇口にすっと手を差し出しただけです。
  • 「石鹸を流したら汚れが落ちないから水をつけて手をこすって
  • ごらん。」
  • と言うと、子どもは手の平だけをきれいにします。
  • 指の間や手の甲についた墨は落ちていません。
  • お母様には、日頃から
  • 「手を洗う作業は何工程あるかということを
  • 家庭でしっかりと教えてください。」
  • とお願いしているのですが半分の子どもがきちんと洗えません。
  •  
  • 砂遊びや泥遊びをして帰ってきたときに
  • 「手を洗いなさい。」
  • と言えば、子どもは手を洗います。
  • でも、蛇口に手を差し出して
  • タオルで拭いているだけのことかも知れません。
  • どんな洗い方をしているか、しっかりとチェックしてください。
  •  
  • 小学校3年生ともなれば口で言えば理解できますが、
  • 4歳、5歳の子どもにはお母様が
  • 「こうやって洗うのよ。」
  • と実際にやって見せなければ、分かりません。
  • 本来的には2歳までには済ませておきたい躾です。
  • 2歳児は、手の指の間、手の甲、手首を洗いなさい
  • と口で言っても、分かりません。
  • 子どもと一緒に手を洗うところを見せてやれば、
  • すぐに覚えます。
1歳ともなると直立歩行ができるようになり
両手も自由になってきますから
行動範囲は大きく広がります
同時に いたずらもするし
危ないことにも手を出すようになります
1歳、2歳の幼児ではいけないこと
危ないことの区別がつきません
言葉で言い聞かせるにしても限界があります
  • 熱いお湯が入ったポットをひっくり返しそうになったら、
  • ついつい、お尻に手をやってしまいます。
  • 赤ちゃんやお友だちに無闇に手をあげたときは、
  • 「お友達を叩いてはいけません。」
  • と叱りながら、お尻を叩いてでも、
  • その善悪を教えなければいけません。
  • でも、こんなに理不尽なことはありませんね。
  • 叩くことを反省させるために、叩くのですから。
  •  
  • 本人の生命にかかわること。
  • 例えば、道路に飛び出し、自動車に轢かれそうになったとき、
  • 「いけません。ブーブーとガシャンしたら、イタイ、イタイで
  • しょ。ママとパパとバイバイよ。」では、すまされません。
  • その場で、お尻を叩いてでも、
  • 1つしかない命の大切さを教えなければなりません。
  • お母様の言葉が理解できるようになるまでは、
  • 体で覚えさせることも、時として必要なのです。
  •  
  • ただし、叩く部位というのが肝心です。
  • 「一番叩きやすいところはどこですか。」
  • 「頭か顔です。」
  • 「それはやめてください。
  • 首から上は絶対に叩いてはいけません。」
  • 「なぜですか。」
  • 「人格は首から上、そこに神様が宿っているのです。
  • そして、成長期の子どもというのは顔や頭を叩かれたら、
  • 叩かれた痛みとは別に心に傷を負うからです。」
  • 顔や頭を叩いたときのお子様の目を見れば分かりますが、
  • お尻を叩かれたときの目と、顔を叩かれたときの目は違うはずで
  • す。
  • 顔を叩かれたときは、コンチクショウ!という目をしています。
  • それでも、子が親の言うことをきくのは
  • 「悪いことをした。」と素直に反省したからではありません。
  • お父様、お母様に怖い顔をして叩かれたから、
  • ごめんなさいと言っただけにすぎません。
  • 心から反省していないから何度も何度も過ちを繰り返すのです。
  • 叱り方(叩き方)を間違えて育てられた子どもは
  • 憎悪の念を内に秘め屈折したまま成長しますから、
  • 思春期になって親と子の力(腕力)関係に逆転現象が生じたとき
  • に、家庭内暴力の引き金になりやすいのです。
  • 誰でも
  • 道端で躓いたら、両手をついて顔を守る
  • それほどまでに
  • 顔や頭は尊いもの
  • 顔と心は直結している
  • お尻を叩かれても、心までは痛まない
『もったいない』・『罰があたる』
高度成長期の列島改造論の下
『消費は美徳』を合い言葉に過去のものとなりました
  • 『もったいない』の心。
  • 物(有形)を大切にできない者が、
  • 無形である【心】なぞ大切にできるはずもなし。
  • 『罰があたる』という心があればこそ、
  • 人は誰も見ていないときにも自らの悪事を戒め、
  • 善行に努めるのではないでしょうか。
  • これらは、学校教育の次元ではなく躾の一環であり、
  • ご家庭の務めです。
  •  
  • そして今、
  • 心の教育を掲げる私立小学校でさえも、いじめの問題と
  • モンスターペアレントへの対応を迫られています。
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